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shichimiの日記

ジーシキ毎日ぐーるぐる

認めた上で

非公開のブログ、今日は10ぐらいエントリを書いた。
さみしい、こんだけ書いても反応ないものなんて(当たり前なんすけどね…)
じゃあ非公開の内容をそのまま公開すればいいって話なんだけど、
なんか恥ずかしい。

そもそも支離滅裂で文章の体をなしていない、文の羅列、配列。

たぶん読んでいる側にはわからんもんなんか上げてもしょーがないやろー。

大森靖子×最果タヒ 「世界よ、人間のダメダメな部分を肯定しろ」 - インタビュー : CINRA.NET

最果:私も昔はよく、見られることを全く前提にしていないような女子高生のブログとかが 好きで読んでましたね。誰かを説得しようとしていない、独り言の延長線上で書いてるもののほうが面白いんですよ。今はみんな、見られることに意識的になり すぎているような気はします。面白いなって思う文章の人って、ネットに馴染んでないんですよね。

 
最果さんは読者の目線を気にしていないブログが好きらしい

そういう風に読む人がいるって知ったで上
見られることを気にしていないブログ書くのはなんか私の自意識が許してくれない
なんか卑怯な気がする 
かまってもらえるって期待してからそういう未完成な文章を
公にさらすのは甘えてしまっているみたいでなんかいや

たぶん反応得られないし、反応得られても長続きしないような気がしている

人からの反応はほしいけど、あんまりそっちが目的になるのはいただけないなぁ

ブログで今月はこれだけ儲けました!って話されると萎えるのに似ている
できるなら面白い記事を書きたいし 面白い記事を書いたってことでの反応がほしい

そういうもので認められたいって思っている

だから 一度アップする前に 構成とか推敲とかが必要なんだろうな
全然今はできていないけど 
あんまり考えすぎてアップできないのもなんか本末転倒やし


自分自身が自意識過剰でへこみやすくて
はた目から見たら痛々しいやつなんやろうなって考えている
その痛々しさが人にバレないように気にしていたりする

(すでにバレていたりするんだろうけど…ギャー!( ノД`)ノシ )
でも まぁ それ 認めたほうが楽だよなぁと思う 最近
だからって その痛々しさを他人とか公にバババーン!と叩きつけるのも違う気がする

560. 中村文則・西加奈子・又吉直樹② なぜ小説を書くようになった?・教団X 「ボクらの時代」 - トーク番組が好き! 趣味・こだわり・お気に入り


「(中村さんは)ぼくが落ち込んでいるとき以外、真面目な話、したことがない」と又吉さん。「中村さんの小説には暗い人間が出てくるのに、中村さんは明るい」

その疑問をかつて又吉さんは中村さんに投げかけたことがあったそうです。そしてその返答が、又吉さんの座右の銘になっているのだとか。

「おれね、もうね、暗いことで人に迷惑をかけるの、やめようと思ったんだよ」と答えたそうで…。

「それ、すごーい!」と西さん。

「…ぼく、翌日からちょっとだけ変わりましたもんね。暗いことで迷惑をかけることがある、という視野が生まれたんです、ぼくに…」と又吉さん。

「いや、暗くったっていいんだよ、迷惑かけたっていいんだよ…」と中村さん。中村さん自身は明るく振舞うことを選択した、と…。

「暗さを肯定したいということだよね」と西さん。「でも小説なんて、全部暗いからね…」

「そうそう」と中村さん。

「人間が人間の身体で書いている限り、明るいだけの人って、絶対おらへんやん」と西さん。

「いないですよね」と又吉さん。


私も中村さんみたいに、暗いのは認めた上で、できれば明るくふるまいたいな。
「いや、暗くったっていいんだよ、迷惑かけたっていいんだよ…」ってフォローを入れる優しさにちょっと泣きそうになる。

 

暗いのは暗いでしょうがないんやけど、それはそれとして

まだできることをするとか、選べることを選ぶって考えるほうが健全だよなぁ

勇気は出すものじゃなくて使うもの、的な *1

”考えすぎだよって あなたは笑った これは癖だから 直らないんだ” *2

”安心だけはしない 誰に何言われても 安心だけはしない 死ぬまで”*3

”君に存在価値はあるか そしてその根拠とは何だ 涙流してりゃ悲しいか 心なんて一生不安さ”*4

 

ついつ抱えてしまう、内側で渦巻いてしまう不安とか暗さみたいなものって、

一生かけて付き合っていく性(サガ)みたいなものなのだろうなと思う。

 

今日読んだ本にも似たようなことが書いてあった。

当時、なかなか自分の仕事のペースを作ることができず、自分の弱さとだらしなさを責めていた。その弱さを退治しない限り前には進めない、その弱さを根絶させることができないならば私の未来はないだろうと思っていた。

そんな時に森田療法は、こうアドバイスしてくれた。「弱さをとりのぞくことはできないよ。それは人間みんなが持っていることだから。その弱さは弱さで認めよう。それはそれとして受け入れて目的本位*5に動いてみよう」

「自分を変える」読書: ”もっと面白く生きる”知恵を身につけよう (単行本)

の『森田療法』岩井寛、講談社新書の紹介文 p139

 

ニーバーの祈り*6も似たような感じがした。

『嫌われる勇気』で知って、これこの曲の元ネタかぁってちょっとびっくりした。

宇多田ヒカル - Wait & See ~リスク~ - YouTube *7 

 

調べてて面白かった記事。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

あー、楽しいからって、とりとめまま流れに任せて貼り付けすぎたー!

気が向いたら編集します。(- -)

 

七味

 

 

*1:「指切りをしたのは」以下syrup16gの曲の歌詞

*2:「遊体離脱)」

*3:「理想的なスピードで」

*4:「生活」

*5:気分はそのままで、小さいことでもとりあえずでもいいので、目的に向けて行動すること

*6:ニーバーの祈り - Wikipedia

*7:この曲ちゃんと認識したのが知人とのカラオケやったんやけど、最後の「キーが高すぎるなら下げてもいいよ」って歌詞が画面に表示されて、カラオケマシンが意志を持ったんかなって勘違いして、あ、この曲の歌詞か!やべぇ!って思った。宇多田ヒカルの歌詞はこの曲みたいに、表現としてアグレッシブな歌詞が多いので、また別のエントリで書きたいっ